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ねずみ [な]

【ねずみ】
 宿場の入口で、左甚五郎に声をかける小僧がいた。
 うちの宿に泊まって欲しいと言う。

 「今晩うちに泊まってくれたら、おとっつぁんもあたしも助かるんです」

 これを聞いて、人が助かるならとこの小僧のところに
 泊まることを決める。小僧は続けて甚五郎に言った。

 「布団屋から布団を借りてくるので、前金でお金をください」
 更に、旦那さんを宿にご案内してから布団屋に行くと
 いい布団が借りられないので、宿へはひとりで行ってください。
 あたしは布団を借りてきますからと続けた。

 宿の場所は、通りをまっすぐいった大きな宿屋・虎屋の斜向かいの
 「ねずみ屋」がそうだと聞き行くと、
 たしかにたいそう大きな宿屋があって、その斜向かいに小さな宿があった。

 宿の主人に声をかけていると、先ほどの小僧が戻ってきた。

 「あ、旦那さま、これからご飯を作るんじゃ時間がかかるので
 お寿司なんかとってきましょうか?」 甚五郎は小僧に財布ごと渡し、好きな寿司があったら買っておいで、
 帰りに酒も頼むね、と言いつける。

 小僧がお遣いに出た後で、宿の亭主に甚五郎が
 「女中をひとり雇えば楽ではないか、おぬしの体も効かないようじゃないか」
 と言ったところ、実は・・・と主人が打ち明けた。


  自分は目の前の虎屋の主だった。妻に先立たれ後添えのお紺をもらった。
  客人同士のケンカ仲裁をしていたら階段から転げ落ち、腰を痛めてしまった。
  お紺が一生懸命やってくれるから、と、自分は床に伏せ、
  アッチの医者、こっちの祈祷と、自分のことだけを考えていた。

  ところがある日、友だちから「自分の子どもの体くらい見てやったらどうだー」と
  言われ、卯之吉に目の前で着物を着替えるよう言ったところ、体中に傷やアザが。
  何故こんな傷が?と聞くと、子ども同士で遊んでいて出来た、という。
  だが子ども同士で出来たような傷じゃない。更にどうしたんだ、と聞けば、
  裸のまま自分の首に抱きついて、何故おっかさんは死んだんだよ~と泣きじゃくる。

  このままじゃいけないと思い、自分と卯之吉は宿屋の物置だった
  この家に居を移した。番頭の案により物置小屋を人が住めるように直し、
  始めのうちは食事は母屋から届けてくれていた。
  一日三回だったものがそのうち二回になり一回になる。倅に取りに行かせると、
  この忙しい時に病人の面倒など看ていられるか、と言われてしまう。

  ここで卯之吉が言った。
  「ご飯をもらうだけで生きていたんでは犬と同じだから宿屋をしませんか、
  一人でも二人でも泊まってくれたらおとっつぁんと二人で食べるくらいは
  稼げるんじゃないか」と。
  そういうわけで、宿場の入口で倅は客を呼び込んでいる。

  そのうち、友だちがやってきて、腰抜けになったのか、と怒る。
  ワケを聞けば、番頭の振る舞いがあまりにもひどいので
  虎屋の主は「卯兵衛」なんだぞと言いに行ったら、
  権利書を持ち出して、この宿の権利は全て番頭に任せると
  印鑑ももらってあると言う。いったいどういう了見なんだと怒るので
  考えてみたらお紺に印鑑を預けていた。
  番頭とお婚ははじめからデキていたんだ・・・。


 甚五郎は、ねずみ屋のために何かしたいと思った。
 そこで木切れでもって小さな「ねずみ」をこしらえた。
 「福ねずみ」と名づけられたこの木彫りのねずみは桶に入れられ
 宿に人が集まるようにと目立つところに置かれた。

 野良仕事帰りの地元の人が足を止め、福ねずみを見ていると
 チョロッと動いた。これに驚いて顔をあげるとそこには貼り紙があり、
 「このねずみを見た方は、地元旅人関係なく、ねずみ屋に一泊すべし」との
 言葉が書かれていた。すぐ近くに家があるけれど、
 甚五郎のおっしゃることだからしょうがねぇべ、一泊お世話になりますと。
 これがウワサとなり、「ねずみ屋に甚五郎が彫った福ねずみがいるらしい」
 「甚五郎の福ねずみが動くんだってよ、いっぺん泊まりに行こうか」と
 あちこちから人が押し寄せ、一階に二部屋、二階に二部屋しかない小さな宿が
 あっという間に宿泊客でいっぱいになった。
 手狭になってくると徐々に建物を建て増してゆき、少しずつ宿は大きくなった。

 これとは逆に、虎屋の番頭は悪い者なんだというウワサが同時に広まり
 あちらは閑古鳥が鳴き始めた頃・・・ねずみ屋の福ねずみに対抗して、
 虎屋では虎の木彫りを作ってもらいたいと大工にお願いする。
 この大工、江戸で甚五郎と一、二を争う大工で、
 相手が甚五郎のねずみなら不足はねぇ!ってんで、虎の木彫りを作り、
 虎屋の表に掲げた。かっこうとしたら、上から虎がねずみを睨んでいる格好だ。
 虎が出てきた途端、桶の中の福ねずみは動きを止めてしまった。

 番頭のやろう、どこまで嫌がらせをすれば気が済むんだ!と
 怒りを覚えた卯兵衛は思いがけず腰がシャンとした。
 卯兵衛は、江戸の甚五郎に手紙を書いた。
 「腰は立ちましたがねずみが腰を抜かしました」
 何だかワケがわからず甚五郎は再びねずみ屋を訪れた。
 始めの時と同じく、宿場町の入口で声をかけてきた青年があったが、
 あの時の小僧なんだと気づくと感慨深かった。

 虎屋の虎を見た甚五郎は、江戸から連れてきた大工に
 あの虎はどうか、と尋ねる。
 大工は、あれは虎に見えるが虎じゃねぇ、目つきが恨みでいっぱいだ、
 と言ったところで甚五郎は桶の中のねずみに声をかけた。

 「おいねずみ、何故あの虎を怖がるんだ?」

 桶の中のねずみは顔をピョコっと上げて言った。

 「あれ虎だったんですか?ネコかと思った」


タグ:歌丸
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